経営者の教養

我が国による政府開発援助(ODA)について

ルワンダ中央銀行総裁そして世銀副総裁を務めた故・服部正也氏は、「日本は、何のために援助を行うのか」と問われた際、「それは、現在の自由交易体制を保持し強化するためである。日本が現体制から最も多く利益を受けている。日本が交易の自由化をさらに推進し、途上国に対して援助するのは義務であり、またそれが国益にも合致する。」と述べたという。

2021年時点で世界には196の国があり、そのうち150ヵ国以上が開発途上国と呼ばれる国々である。国連に加盟している国は193ヵ国に上るが、国連総会の決議により特に開発の遅れた国々と認定された「後発開発途上国」は46ヵ国で、アフリカ33ヵ国、アジア9ヵ国など日本に比較的近いエリアにも存在している。

そうした国の経済発展や福祉の向上を目的として、政府や政府関連機関が行う国際的な協力活動を「開発協力」、そしてこの開発協力を行うための公的資金が「政府開発援助」、通称「ODA(Official Development Assistance)」と呼ばれる。

故・服部氏が述べたとおり、政策開発援助を行うことは相手国の利に適うことに限らず、「またそれが国益にも合致する。」。ODAで途上国の発展を援助することは、支援国との関係強化、日本企業の海外進出促進と市場拡大に加え、国際的な信頼や存在感の向上につながっている。

「中国・アフリカ 経済・貿易関係年次報告2021」(China-Africa Economic and Trade Relationship Annual Report 2021)によると、中国からアフリカへの輸出額は前年から0.9%増の1,142億ドルで、中国は12年連続でアフリカ最大の貿易相手国となっている。アフリカのインフラ需要は高く、中国企業が請け負った2020年のアフリカにおける新規建設プロジェクトは前年比21.4%増の679億ドルに及んでおり、大規模なインフラプロジェクトは、アフリカの資源確保をもくろむ中国にとって輸送コストの抑制や効率化につながるなど、資源確保に向けた布石を打つという観点から重要な意味を持つ。

中国はOECD 開発援助委員会(OECD-DAC)に所属していないため、ODA実績に関する公のデータはなく、また、同国政府及び民間企業の対外投資に関するデータも公表されていないが、中国は昨今「一帯一路」の一環として、次々に大型インフラ開発を進めており、アフリカや大洋州で圧倒的な資金援助による支持拡大を狙っている。また、アフリカでの貿易を増加させるなか、中国は自国領土以外に公海上でも自国の輸送船を守るという名目で、アフリカ各地で海軍基地を建設中、または建設を計画中であり、国際社会はこの動きを注視する必要がある。

我が国が将来にわたり繁栄し続けていくためには、世界各国との友好関係の維持を図ることはもとより、貿易・投資等の対外経済活動の自由度と安定性を確保することは必須であり、ODAは、こうした我が国の安全と繁栄(国益)を確保するために利用できる外交上非常に重要なツールであり、戦略性をもった取り組みが必要である。

1 ODAの歴史

現在のODAのような形の援助を世界で初めて行った国は米国である。1947年、第二次世界大戦後の欧州諸国の復興のため、米国は「マーシャル・プラン」という資金投入を実施した。その後、1950年代には米ソ冷戦に突入し、両陣営が国連において支持国を増やしたいという観点から、アジア、アフリカなどの新興国に対して援助戦争を繰り広げていった。

1960年代に冷戦が緊張緩和し始めると、ODAは国連を中心とした援助という新しい局面に移る。この頃、先進国と新興国の経済的格差は大きく拡大していたため、国連加盟国や国連機関が連携して援助するようになっていく。

我が国のODAは、1954年、「コロンボ・プラン」という南アジア諸国への援助への参加からはじまる。この援助はビルマ(現在のミャンマー)、インドネシア、フィリピン、ベトナムの4か国に対するものだったが、これは「戦後賠償」という意味合いが強いものであった。さらに、戦後間もなかったため、日本自身がODAの援助を受ける「被援助国」となり、1953年から13年間にわたっては、世界銀行より総額8億6290万ドルもの資金を借り入れた。この投資は、戦後日本の経済発展の基盤となるインフラや産業に大きく貢献し、東海道新幹線、東名高速道路、黒部ダムなどはこのODAの援助により作られた。

 その後、経済発展と共に、日本は「援助を受ける」側から「援助をする」側となり、途上国に対するODAによる援助も拡大した。1964年、日本はOECDに加盟し、1965年に青年海外協力隊創設、68年には無償資金援助、その後も災害緊急援助や食糧増産援助などを開始し、援助地域もアジア中心から、中東、アフリカ、中南米、大洋州に広げた。長い間、ODAの実績ランキングは米国がトップだったが、1990年を除き、2000年までの10年間、日本は世界最大の援助国となった。その後、我が国はODAの予算を削減したこともあり、それ以降、世界での順位は3位から5位の間を推移している。

 

2 我が国がODAを実施することの意義

日本ならではのODAとして、途上国の自立を支援するJICAによる技術協力(研修員受入、専門家派遣、調査団派遣、機材供与、青年海外協力隊/海外協力隊派遣等)が挙げられる。これまでに累計で、専門家は19万7千342人、青年海外協力隊は、1965年~2020年の累計で4万6千181人が92か国に派遣されている。多くの開発途上国におけるこれらの貢献は、各国の指導者から草の根の人々に至るまで、あらゆるレベルで感謝されている。

「ODA」に対し、「税金の無駄使いではないか」、「ODAよりも他に国内でやるべきものがあるのではないか」という批判的な声は常にあるが、ODAは単に援助を受けた開発途上国だけではなく、ODAを実施する側にも利益をもたらしている。

例えば、東日本大震災において、我が国は途上国を含め世界163の国・地域から支援の申し入れがあった。これまで援助してきた日本が「援助を受ける側」の立場に身を置くという経験をし、これは、今まで日本が行ってきたODAの国際的な評価とも言われている。国際社会の仲間同士困っている者を助けることは、信頼される国であるためにも重要なことである。

 また、日本は、途上国を含めた世界の各国から輸入したエネルギーや食糧などで成り立っている。具体的には、エネルギーの約8割を海外からの輸入で賄っており、農林水産省の「⾷料⾃給率の基本的考え⽅」によると、2021年度の食料自給率はカロリーベースで37%であると公表されている。特に、魚介類や大豆・牛肉などは、農林水産省の設定する「生産努力目標」を下回っている状況である。新興国や発展途上国に対して開発援助を行い良好な関係を構築することは、日本に対する輸入の維持・拡大に繋がる可能性が高まり、安定的なエネルギーや食糧の輸入を見込むことに繋がると考えられる。

 なお、地球規模の課題として、発展途上国が抱える問題には環境・気候変動、大規模自然災害、エネルギー問題などがあり、日本を始め他の国・地域にも影響を及ぼすものがある。世界的に資源の大量消費を原因とした地球環境への負荷が問題視されており、特に二酸化炭素(CO2)排出による地球温暖化は大きな課題となっている。そのためCO2排出量の削減を目的とした再生可能エネルギーの導入やエネルギー効率の技術研究は、先進国だけではなく開発途上国にとっても重要な問題となる。

また、ODAは近年、開発に加え「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の実現や質の高いインフラシステムの海外展開、持続可能な開発目標(SDGs)の達成等、多様な外交課題にも対応している。ODAへの途上国の期待は大きいが、予算には限りがあることから、政策目的および日本の強みを踏まえた選択と集中を通じて、効果的な民間投資の呼び水とすること、また国際協力銀行等の他の公的金融案件と連携しながら、相乗効果を出すことも必要であろう。

3 ODAを実施する上での課題

ODAの実施を決定する過程では、被援助国側が希望する援助、そして援助国側が考える被援助国が必要であると思われる援助について、両者の意見を突き合わせてまずは議論していくことになる。しかしながら、これはあくまでも政府間レベルの議論であり、一般市民の生の意見というものは直接反映されることはない。そのため、巨額のODAを投入しているにもかかわらず、被援助国の市民の生活は一向に改善されないどころか、中には悪用されているケースもある。しっかりと市民レベルまで行き届く援助をするためには、援助を行う前の更なるリサーチの徹底が必要である。 

また、一部途上国のODA案件においては、交換公文や契約書等で非課税とする旨が規定されているにも関わらず、課税されるケースが発生している。相手国政府内における情報共有の不足や必要な予算確保の遅れ、未措置が原因と考えられるが、免税措置担保に向けて関係企業・団体と協力し、改善していく必要がある。

なお、JICAが支援するODA事業では、事業実施後に活用した機材は相手国政府に無償譲渡され、その際、相手国は自ら資機材の維持管理を行うことが前提となっているが、例えばインフラの整備を行っても、資機材をメンテナンスできる技術や人材がなく、使用できなくなるケースが発生している。これは非常に勿体なく、日本企業には、自社または外部業者委託によるメンテナンス対応、モニタリング、人材育成を含んだビジネス展開が求められるであろう。

最後に、昨年開催された国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)では、ホスト国の英国に対し、「金融業、不動産業に特化した国の排出量規制の基準を、工業製品の生産に携わり続ける国と同じレベルで考えるのは不適当だ。」という批判的な声があがった。これまで、新興国や開発途上国を先進国の水準に引き上げるための資金や技術、ノウハウを、先進国がいかに提供するかが議論されてきたが、他方において、地球全体で二酸化炭素の排出量を抑えようとする動きが広がるにつれ、資金援助によって新興国や開発途上国の経済開発を図るという構図は単純には働かなくなった。生産活動には、CO2の排出を伴うからである。日本政府は、2030年に46%の温室効果ガス削減(2013年比)、2050年にカーボンニュートラルを宣言しており、各国も同様に目標値を示しているが、国際社会全体として、先進国と開発途上国が責任や役割をどう分担し、環境対策と経済開発のバランスをどのように取っていくべきかを考えていく必要がある。所得向上の努力と二酸化炭素排出量の抑制の調和を可能にするためには、各国の産業構造の違いをしっかり認識することが求められる。

4 まとめ

世界は、環境問題や気候変動、自然災害、感染症対策、食糧問題、エネルギー問題など、様々な地球規模の問題に直面している。これらの解決には、世界中の国々が足並みをそろえ、協力しながら問題に取り組む必要がある。その点で、ODAを実施することは国際社会における信頼関係の構築に繋がるといえる。ODAを通じて開発途上国の安定と発展を援助し、国際社会の平和と安定に貢献することで、結局は世界全体の繁栄にも繋がっていく。

これまで日本が実施してきたODAによって、途上国にとっては新たな産業・雇用の創出や災害援助などの恩恵があり、結果として我が国は国際社会で高い信頼を得てきた。また、東日本大震災などの大変な状況に陥ったとき、これまで日本が実施してきたODAに対して「恩」を返してくれた国も多い。

注視すべきは中国の動きである。豊富な資源の確保と親中的な世論の形成を目的に、「一帯一路」構想の下、インフラプロジェクトを中心にアフリカ諸国をはじめとする途上国に巨額の資金をつぎ込んできている。我が国は、途上国における存在感を弱めてはならない。

昨年まで、一般会計ODA予算は6年連続増となっていたが、財務省は無償資金協力に関して大幅削減の意向を示し、結局、2022年の予算は前年より削減された。我が国、そして、我が国から派遣されている大使にとっての武器は「ODA」である。ODA予算を減らすことは、途上国との外交関係の構築作りの「外交カード」を減らすことに繋がり、これは避けなければならない。様々な課題に対して善処しながら、この外交上非常に重要なツールを、我が国は戦略性をもって、今後も使っていくべきである。

豊田紀子

参考文献

  1. 服部正也(2001)『援助する国される国―アフリカが成長するために』中央公論新社
  2. 外務省(2021) 『後発開発途上国』
    https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/ohrlls/ldc_teigi.html(参照日:2022年5月1日)
  3. 外務省(2021) 『政府開発援助(ODA) Q&A集
    https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/files/100205666.pdf(参照日:2022年5月8日)
  4. China-Africa Economic and Trade Relationship Annual Report 2021
    https://caidev.org.cn/news/1153(参照日:2022年5月8日)
  5. 国際協力機構 『ODAの基礎知識』
    https://www.jica.go.jp/aboutoda/basic/index.html(参照日:2022年5月15日)
  6. 国際協力機構年次報告書 2021
    https://www.jica.go.jp/about/report/2021/index.html(参照日:2022年5月15日)
  7. 日本貿易振興会(ジェトロ)(2022年3月1日)「アフリカで存在感増す中国、最近は互恵性も重視」、https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2022/00a9cda60835179c.html(参照日:2022年5月15日)
  8. 渡辺博史 国際通貨研究所理事長(2022年5月1日)「環境と開発 均衡不可欠」『読売新聞』
  9.  農林水産省 『食料自給率の基本的考え方』
    https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/attach/pdf/012-2.pdf(参照日:2022年5月15日)

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