「冷戦終結後の十年間、私は国連難民高等弁務官として、祖国を離れざるをえなかった何百万人の人々の保護と問題解決のために、難民援助の課題に日々取り組んできました。多くの人々が国境を越えなければならず、その結果国際保護を受ける難民になりましたが、さらに多くの人々は国内避難民であるために、国からなんの保護も受けることができずにいました。そのほか暴力と無秩序の犠牲になっている人々も多数いました。難民と国内避難民の区別がなくなったこと。市民が標的になって苦しむこと、これが、過去十年の大きな特徴でした。」。これは、2002年5月26日、故・緒方貞子・国連難民高等弁務官が米ブラウン大学で講演した内容の一部である。
その日からちょうど20年が経過した。果たして、難民の数は減ったか。市民が標的となり苦しむことはなくなったか。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、5月23日、ウクライナ避難民の増加により、世界で避難を強いられた人数が初めて1億人を超えたと発表した。隣国の戦車が砲撃し、街を侵略し、多数の避難民が生まれているウクライナの状況を見る限り、残念ながら状況は20年前と比べて悪化していると感じざるを得ない。ロシアによるウクライナ侵攻により、5月26日時点で、ウクライナから逃れた難民の数は670万人を超えた。
日本は「難民条約」に加わってから40年余りが経つ。我が国を取り巻く安全保障の環境は大きく変わっており、ウクライナ事案を決して他人事として見るべきではない。日本は、難民認定のハードルが極めて高い国として知られてきたが、人道の原則に立ち返り、難民の受け入れ拡大を探る転換点とすべきである。今後の難民問題にどう向き合うのか、今こそ、しっかりと検討すべき時にきている。
1 日本の慎重な難民政策
「難民」は、狭義では1951年に国連で採択された難民条約に基づく言葉であり、日本も同条約に加入する。同条約は、難民を「人種、宗教、国籍、特定の社会的集団の構成員、政治的意見」を理由に迫害を受ける恐れがあるために他国に逃れた人と定める。
日本の国内法では、出入国管理法で難民を規定しており、認定は、迫害を受ける恐れがある理由などを記した書類やパスポートなどを持参して申請し、出入国在留管理庁が、根拠が正しいかを調べて判断するが、これまで我が国の認定率が低かった理由の一つに、入管庁が、制度を乱用する「経済的な理由の申請」が多いと分析してきたことが挙げられる。
日本が難民条約に加わった1982年以降、これまで日本が難民として受け入れたのは計841人である。日本の審査基準は他国に比べて極めて厳しく、例えば、2020年における認定率は、カナダが55.2%、イギリスが47.6%、ドイツが41.7%、米国が25.7%のなか、我が国は0.5%であり、これまでも恒常的に1%に満たない。具体的な数字として、2020年の日本における難民認定は約4千人の申請に対して47人であり、人道的配慮で認めた在留をあわせても91人であった。
仮に制度の乱用の場合であれば、当然ながら認めることはできない。しかしながら、次に述べるとおり、そもそも、我が国は難民条約の「解釈」が、国際社会とは異なる部分がある。
2 ウクライナからの避難民受け入れについて
ウクライナからの避難民は、3月30日時点で337人が来日、4月5日にポーランド入りした林芳正外相の帰国に合わせ、20人が政府専用機で到着した。この20人は90日間の「短期滞在」の在留資格で入国し、本人の希望があれば就労が可能な1年間の在留資格である「特定活動」への変更が認められるが、同「特定活動」資格の付与は、法相の裁量で日本が加わる難民条約に基づく難民認定制度の「枠外」となり、このため日本政府は20人を「避難民」と位置づけ、「難民」とは認めていない。
「難民」か「避難民」かによって待遇は大きく異なる。「避難民」は最長90日間の短期滞在で入国し、特例で更新可能な資格として1年の就労が認めるが、「難民」はパスポートを代替する旅行証明書と5年の在留資格を受けられ、国民年金や児童扶養手当といった社会福祉もある。
日本政府は、紛争から逃れてきた人たちは、同条約が規定する5つの迫害理由(人種、宗教、国籍、特定の社会的集団の構成員であること、政治的意見)のいずれにも当たらないとしている。他方、国際社会ではより柔軟な難民条約の解釈が主流である。2016年に国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が公表した国際的保護に関するガイドラインでは、「国家間を含む武力紛争や暴力による避難者も難民」として認めており、そのため、紛争から逃れてきた人たちを条約難民として保護することは十分に可能である。
3 ウクライナ以外からの難民、避難民との整合性
現在、ウクライナからの避難民がクローズアップされている状況ではあるが、同じように深刻な状況にある国から避難してきた人に対し、難民認定も避難民認定もされないということとの整合性を取れるようにすべきである。
例えば、ウクライナ問題とミャンマー問題に対する日本政府の姿勢には大きな差がある。ウクライナ問題に対し、我が国は、西側諸国と歩調を合わせて早い段階でロシアに対する制裁に動いた。ミャンマーでは、昨年2月に国軍によるクーデターが発生し、欧米はミャンマー国軍にも制裁を科すが、日本は国軍に対する制裁には慎重な立場を崩していない。3月27日、欧米など21か国・地域は国軍に対し暴力停止や民主主義の回復を求める共同声明を発表したが、日本は加わっていない。恐らくこれは、ウクライナ問題は、世界秩序を揺るがす戦争に発展しているなかにおいて、ミャンマー問題は「内政問題」とも捉えられるからであろう。他方、我が国が、ミャンマー国軍に対して融和的な姿勢を取り続けることは得策とも思うことはできない。UNHCRによれば、実権を握った国軍隊により50万人以上が追われ国内避難民となったが、日本では難民として受け入れられず、結局米国の庇護を受けて渡米した人たちが多くいるという。
ウクライナ避難民にだけ超法規的措置を適用して、ロヒンギャや、アフガニスタン難民は蚊帳の外というダブルスタンダードではいけない。人種保護に国籍や国境による差別はあってはならならず、紛争や迫害で祖国を逃れた人に、日本はしっかり手を差し伸べる国となるべきである。
4 緊急時における自衛隊派遣による外国人の輸送
最後に、前述の難民政策の論点とは少し異なるが、緊急時における、外国人退避者の輸送を目的とした自衛隊派遣に関する法整備の必要性についても述べておきたい。
2021年8月下旬、アフガニスタンがタリバーンによって制圧された。日本政府は自衛隊の輸送機4機を派遣、大使館やJICAで働く現地スタッフや家族など500人以上のアフガニスタン人も一緒に退避させる計画だったが、結果的に1人も救い出せず、退避させることができたのは、日本人1人と米国から要請があったアフガニスタン人14人だけであった。(その後、9月以降に計約500人がカタール政府のチャーター機や陸路などで出国し日本に到着。)。
この国外退避において適用された自衛隊法の「在外邦人等の輸送」(自衛隊法84条の4)は、邦人輸送の際に外国人の同乗を認めているが、「外国人のみの輸送」を想定していないものであった。現地の日本大使館などで働くアフガニスタン人の出国希望者を退避させられなかった教訓を踏まえ、本年4月13日、海外での災害や騒乱などの緊急時に、自衛隊機による外国人のみの輸送を可能とする「自衛隊法改正案」が成立。これにより、主たる輸送対象者である「邦人」の範囲が拡大し、日本国籍を有しない「邦人の配偶者もしくは子」、「名誉総領事もしくは名誉領事」、「在外公館や独立行政法人の現地職員に採用された者」を追加することで、日本人の輸送対象者が不在であっても、そのような外国人輸送のために自衛隊を派遣することが可能となった。
他方において、今回の改正は、あくまでも先のアフガニスタン派遣において現実に顕著化した問題点の是正であることから、将来の台湾有事に想定される「外国人のみの輸送」を目的とした派遣の問題は対象外となる。この法の制定には、多大の時間を要することになるだろうが、ウクライナ事案を踏まえても、台湾有事がいつ起こるかもしれず、予想される大量の退避者に対する我が国による支援は喫緊の課題と言える。日本が外国人輸送派遣の問題をはじめ、どのような役割を担えるかどうか、有事が起きる前から、しっかりと考えておく必要があるだろう。
5 まとめ
10年ほど前、日本に逃れてきた難民を支援するNPOで働く機会があった際に、NPO職員が時の法務大臣に対して我が国の難民認定基準は厳しすぎる、国際水準を逸脱していると述べたところ、同大臣は、「難民の受け入れは、民意が追い付いていないので難しい。」と答えたことをよく記憶している。
4月20日に公表された、外務省が3月に実施した外交に関する世論調査の結果に関し、ウクライナ情勢については「国際社会との連携」(64.6%)が最も多く、「避難民受け入れの推進」(63.7%)が次に続いた。これは、ウクライナ事案により、自国の防衛力強化に対する考えもそうだが、避難民の受け入れに関しても、国民の意識が変わってきているように感じる。今般、日本政府がウクライナの人たちに対し、身元保証人がいなくても特例で入国を認め、希望があれば就労も可能とし、生活費や医療費を支給して、日本語教育や就労費用も負担することを決断したことは、過去の事例と比べると破格の対応といえるが、日本政府は、いまこそ、これまでおざなりであった難民政策を変え、「難民条約」にかかる誤った解釈を改める必要がある。
我が国はこれまで長い間、「難民鎖国」であると批判されてきた。紛争から逃れてきた人たちを保護すべきことは、国際的な責務であり、真に人道の原則に立ち返る必要がある。
また、最後に、台湾有事に備え、外国人輸送派遣の問題をはじめ、様々なシミュレーションを想定し、必要な法改正の検討を早急に始めることが肝要である。
豊田紀子
参考文献
- 緒方貞子(著)「私の仕事 難民とともに」草思社
- 日本経済新聞』2022/3/31「「避難民」、日本に法規定なく」
- 読売新聞』2022/4/3「ウクライナ難民 国際社会の連携で支援強化を」
- 日本経済新聞』2022/4/13「ウクライナ避難民だけなぜ ミャンマーで日本への失望」
- 時事通信』2022/4/13 「「外国人のみ」も輸送可能 改正自衛隊法が成立」
- 日本経済新聞』2022/4/20「ウクライナ避難民受け入れ「推進を」64% 外務省調査」
- 『朝雲新聞』2022/4/28 「改正自衛隊法が成立 外国人のみの輸送可能に」
- 『読売新聞』2022/5/23「世界の難民、初めて1億人超に…UNHCR「決して超えてはならない記録」」
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