経営者の教養

宇宙開発は安全保障上の観点からも不可欠であり、官民学一体となって取り組むべき

今日の世界は、ロシアのウクライナ侵攻に端を発した「新冷戦時代」への突入というリスクに直面している。

その一つに、軍事直結となってきた宇宙開発が挙げられる。冷戦終結以降、ロシアは、旧ソ連時代の遺産といえる有人宇宙開発を軸に、宇宙大国の地位を保ってきた。国際協調の象徴とされる国際宇宙ステーション(ISS)は、NASA(米国)、ロスコスモス(ロシア)、JAXA(日本)、ESA(欧州)、CSA(カナダ)の5つの宇宙関連組織により、宇宙プロジェクトの中で唯一、各国が批准した国際協定書に基づき運用されているプロジェクトであり、冷戦下で激化した米ソの宇宙開発競争から、米ロが協力する形で実現したISS運用は平和の象徴でもあった。しかしながら、その「象徴」はロシアの離反により崩れつつあり、先行きは不透明となっている。

これまで我が国において、宇宙開発は「所詮、夢物語である」という見方をされてきたこともあり、政府による宇宙開発への投資は、米国と比べてもだいぶ少なかった。また、高度な技術が軍民両用であることが避けられなくなっているなかにおいても、日本学術会議などはこれまで平和利用のみというユートピアを唱えてきた。科学技術力は国力の基盤だが、日本が立ち後れた感は否めない。日本を取り巻く環境は大きく変わってきている。宇宙空間でロシアや中国の脅威が高まるなか、安全保障の観点からも宇宙開発・協力は大変重要であるところ、官民学一体となって連携し、宇宙産業を強化する時期に来ていると考える。

1 宇宙開発にかかる「脱ロシア」の動き

ロシアのウクライナ侵攻が始まった翌日の2月25日、ロスコスモスの代表ドミトリー・ロゴージン氏のSNSへの書き込みが波紋を呼んだ。バイデン大統領が、対ロシア経済制裁の一環として「ロシアの航空宇宙産業に打撃を与える」と発言したことに対し、ロゴージン氏は、ロシアへの制裁がISSプロジェクトの国際協力関係に悪影響を及ぼすと非難、「もしロシアがISSプロジェクトから脱退すれば、ISSは軌道から外れ、地上に落下する危険がある」と指摘し、ISSが落下するのは米国や欧州、またインドや中国になる危険がある旨警告した。それから2か月後の4月30日、同氏はロシア国営テレビの番組で、ISSの運営からの撤退を表明。実際の撤退のタイミングは不明だが、ロシア政府の国際協定書からの離脱に繋がるかどうかは注視が必要であろう。

宇宙開発で各国が協力してきた長い歴史を考えると、ロシアのこの対応は無責任極まりないとしかいいようがないが、これまでロシアが担ってきた「軌道維持管理」は、実際、米国側でできないわけではない。ロシアがクリミア半島を併合した2014年の時点では、ISSへの宇宙飛行士の輸送はロシアの宇宙船「ソユーズ」に頼るしかなく、シグナスによる軌道制御も実用化していなかったが、米起業家イーロン・マスク氏率いる米スペースXの新型有人宇宙船「クルードラゴン」が成功し、シグナスによる軌道維持は可能、実際に、ISSに接続されているシグナスでの軌道変更も予定されている。

このような「脱ロシア」の動きは広がりつつあり、例えば、ロスコスモス社は経済制裁に対する反撃として、米国の主力ロケットに供給してきたロケットエンジンの販売停止や、英国宇宙通信スタートアップのワンウェブ社の小型衛星打ち上げに対し事実上の拒否を行ったが、ロケットエンジン販売停止に関しては、米ブルーオリジン社による米国製エンジンを使用する後継ロケットの開発により22年内に初打ち上げが行われる予定であり、ワンウェブ社の小型衛星打ち上げに関しては、同社はスペースXに切り替え、契約締結に至っている。宇宙開発における「脱ロシア」の動きが進むなか、今後、ロシアが、旧ソ連時代のような「鎖国」政策を取れば、ロシアの科学技術の水準は大きく低下し、世界から取り残されていくと考えられる。

一方、欧米との協力が難しくなったロシアが頼るのは、宇宙開発で急成長の、近年の無人月面探査の実績で米国と比べても突出している中国になると見られている。昨年、ロシアと中国は月面基地建設で協力する覚書を結び、国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)においてプロジェクトのロードマップも発表した。現時点では月面基地計画以外で目立った協力はなく、中国との関係でロシアがどこまで存在感を示せるかは不透明ではあるが、この中国との協調路線は「新冷戦」の形を表していると言えよう。この状況下において、日本としてもどのように立ち回るべきか、しっかり考えていく必要がある。

2 米スペースX社の台頭

ロスコスモス社のロゴージン氏が、SNS上で「ロシアの支援なしではISSの軌道がコントロールできなくなり、ISSが米国や欧州に落下する危険がある。これを誰が止められるのか。」と投稿した際、米起業家のイーロン・マスク氏が「スペースX」なら可能というメッセージを発した。宇宙開発分野でスペースXの存在感は増しており、「脱ロシア」のカギを握るのは、スペースXであるといわれている。

前述のとおり、ロシアの「ソユーズ」に取って代わると目されるのが、同社の宇宙船「クルードラゴン」であり、2012年からISSへの物資を届けるカーゴ船として、2020年からはISSへの有人宇宙船として利用されている。別の例として、ロシアによるウクライナ侵攻を受け、今年3月、欧州宇宙機関(ESA)は、22年秋にロシアのロケット「プロトン」で打ち上げを予定していた欧ロ共同の火星探査計画の中止を発表した。その際に、「別のロケットによる代替の可能性を探る」と表明したところ、早期対応できるスペースX社の「ファルコン9」が代替先となる可能性がある。

このように、欧州は米国のスペースX社に頼っている状況にあるが、仮に欧州が一時的に同社だけに頼っても、安全保障上長期的に依存することは難しいと考えられるところ、米ロに依存しないロケット開発が必要となってくるであろう。

「脱ロシア」の動きがあるなかにおいて、我が国は、衛星打ち上げや宇宙開発の「脱ロシア」の需要を取り込めている状態にはない。例えば、日本の国産ロケットである三菱重工が製造・開発する「H2A」は打ち上げコストが高く、国際競争で後れを取っている。

スペースX社のロケット「ファルコン9」は、ロケットを使い捨てるのではなく、機体の一部を回収して再使用しているため迅速な打ち上げ対応が可能なほか、コストも大幅に引き下げているのが特徴であり、現在の打ち上げ費用は1回60億円前後とされている。翻って、「H2A」は約100億円かかる。また、三菱重工の次期基幹ロケット「H3」はこのコストから約半分にすることを目標として掲げているが、開発が最終盤で難航していると言われており、迅速に脱ロシアの代替需要をつかむには至ることができていない。

22年は、ロシアの宇宙ロケット「ソユーズ」だけで、18回程度の打ち上げが計画されていた。ウクライナ事案が収束しなければ、世界の衛星会社への影響は必至で、23年以降の宇宙開発も危ぶまれる状況であり、今後、米民間ロケット等への乗り換えが進んでいくであろう。これは日本にとっても好機のはずであり、衛星を打ち上げる能力の確保はますます重要となるなか、技術力は高く人材も豊富なはずの日本で、なぜ出遅れが生じているのか。

3 我が国の宇宙開発に対する投資の低さ

米国では、ベンチャー企業の支援などを通して宇宙開発分野の国際競争力を強めているが、方や日本ではこうした動きに消極的であり、米国と比較して宇宙に対する政府予算は少ない。NASAの予算はJAXAの10倍くらいあるといわれており、また、米国では宇宙に携わる民間企業に対し、国防高等研究計画局(DARPA:Defense Advanced Research Projects Agency)等の予算を基礎科学の研究に使うことが可能となっている。つまり、宇宙で「使えるかもしれない」技術に対して同局が結構な額の予算を出してくれるが、このようなものは日本には存在しておらず、米国のように防衛予算を使えることもない。

また、日本には、国主導で宇宙開発に長年携わってきた企業と、近年出てきている民間主導の宇宙ベンチャー企業群があり、長年宇宙開発に携わってきた代表的な企業として三菱重工、NEC、IHI、三菱電機があるが、実際、宇宙開発予算に充てられる予算は非常に少ないという。これは、宇宙開発に多額の資金を投じることへの意義が見出されていないところから生じているのであろう。

 更に、前述の「脱ロシア」の流れにのることができない別の理由として、打ち上げ能力の乏しさ、ロケット開発におけるタイミングの悪さが挙げられる。例えば三菱重工では、21年12月には「H2A」の45号機を打ち上げて衛星を無事軌道投入しており、今や成功率は97.8%であると発表されている。これは国際水準を上回るものであり、高い信頼性を誇っている。ロシアの「ソユーズ」からの替先の候補として、発射延期や中止のリスクを回避したい宇宙関連サービス会社から三菱重工に対して問い合わせが相次いでいたといわれるが、H2Aの射場である種子島宇宙センター(鹿児島県南種子町)は、欧米ロに比べ打ち上げ能力に乏しく、H2Aの実績から打ち上げは最大で年間5基まで、打ち上げ間隔は52日間と長い。種子島には発射点が2つあるが、電気や燃料系統の設備は共用となっている。整備組み立て棟から発射点にロケットを移す「移動発射台」や衛星の整備棟は欧米ロに比べ圧倒的に少ない。(かたや、スペースX社は複数の射場を使い、最短1週間で打ち上げ準備が整っている。)。

 さらに、タイミングが悪いことに、三菱重工は、23年度までに5基の「H2A」を打ち上げる工程表を描いているが、この5基で「H2A」は量産に終止符が打たれる予定であるという。同社は、現在JAXAにて開発中の次期基幹ロケット「H3」を22年度に打ち上げる青写真を描いており、つまり22年はちょうど旧型から新型への端境期にあたるわけだが、「H3」の開発に遅れが生じているところ、「H3」の開発完了が見通せないなかで他国の政府や民間企業相手に受注活動がやりにくくなっている。そのため、状況としては「H2A」もお役御免になるなか、同社がウクライナ危機の受け皿になることは難しくなっている。

米国では、NASAが自らロケットを作らないようにして技術者を外に出し、経済的にも民間を支援し、開発・製造を委託したことによってスペースX社のような企業が生まれたといわれている。我が国においても、今後民間主導でスピード感を持って進めていけるよう、JAXAと、例えば三菱重工のような代表的な日本企業がしっかりした協力体制を組んで官民一体となり、宇宙開発を進めていくべきではないか。そして、政府は然るべき予算の措置をとって、民間が必要とするあらゆる支援を講じるべきである。それが前述の課題の解決のみならず、日本の国益にもつながる。

4 官民「学」による連携の必要性

 科学技術力は国力の基盤であり、米中をはじめとする先進国は、しのぎを削って先端機微技術の開発を官民学で協力して進めてきている。他方、我が国を取り巻く安全保障環境が激化するなか、防衛力強化につながる軍民両用の研究活性化は急務だが、日本が遅れを取っている感は否めない。

 1949年、すべての科学者を代表して、科学政策の提言などを担う国立アカデミーとして発足した日本学術会議は、1950年と67年に「戦争を目的とする科学研究は行わない」とする声明を出し、また2017年には防衛装備庁の研究制度に懸念を示す声明を発表、そのなかで「過去の声明を継承する」との立場を示した。

その日本学術会議が、本年7月25日、「先端科学技術、新興科学技術には用途の多様性、両義性の問題が常に内在している。デュアルユースと、そうでないものの単純な二分はもはや困難だ。科学技術を潜在的な転用の可能性で峻別し、扱いを一律判断することは現実的でない。」と、軍民両用を容認する見解を記載した文書を、小林鷹之科学技術相宛に提出し、またホームページ上でも公表したことは、(今更感は否めないものの)ようやく我が国の国際競争力の維持・向上に向けて前進したと言えよう。同文書を受け、同科学技術相は、「デュアルユースを含めて、先端科学技術の研究開発に我が国が産官学で連携して取り組むことができないとすれば、我が国の国際社会における国力の低下につながる」との認識を示したが、まさにそのとおりであり、安全保障に絡む研究の推進が重要視されているなかで、「学」が関与しない姿勢を取り続けることはあり得ない。

 戦後、日本の宇宙開発は「平和利用のものだけ」という縛りがあったため、例えば中国やロシアが、高精度の人工衛星を飛ばし、常に他国の状況を観察し分析していても、我が国は、人工衛星でスパイ活動のような行いをするのは認められないとしてきた。これについては、2008年に「宇宙基本法」(平成20年法律第43号)が成立し同年8月に施行されたことで、これまでの「平和目的」の解釈は広すぎたのではないかと、防衛省も自分たちで人工衛星を持ち、運用することが認められるようになり、そして今般、デュアルユースに関する学術会議の見解が出たことにより、自国の技術力向上のみならず、他国とも宇宙開発分野における連携が進むであろうことは、我が国にとってプラスに働く。

5 まとめ

宇宙開発に代表されるような高度な科学技術の取り扱いを巡り、安全保障上の懸念が増している。科学的な知見は人類共通の財産であり、国を超えた協力がなければ成り立たない。ロシアは状況を悪化させるだけの強硬姿勢を改めるべきである。

我が国においては、宇宙開発分野おける「脱ロシア」の動きが加速するなか、迅速にその代替需要をつかむには至ることができていない。その理由として、これまで、十分な投資が宇宙開発に対して行われてこなかったこと、また、防衛力強化につながる軍民両用の研究活性化は急務であったものの、「学」による関与がなかったことが挙げられる。

日本を取り巻く安全保障環境が一層厳しさを増すなかにおいて、日頃から軍事サイドのニーズも視野に入れながら、官民学一体となって宇宙分野を発展させていくことが肝要である。

豊田紀子

参考文献

  1. 『日本経済新聞』2022/3/5「ウクライナ危機が宇宙に影 ロシア、開発協力崩す」
  2. 『日本経済新聞』 2022/3/14「宇宙にも迫るロシアの脅し 透ける焦り、中国に接近も」
  3. 『日本経済新聞』 2022/3/15「ウクライナ危機 衛星打ち上げ、日本は代役果たせるか」
  4. 『日本経済新聞』2022/4/23「宇宙開発も脱ロシア 代替需要でスペースXが存在感」
  5. 『日本経済新聞』2022/4/30「ロシア、国際宇宙ステーション運営から撤退表明」6.『日本経済新聞』2022/7/27 「軍民両用技術「二分は困難」、学術会議が見解表明」

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