台湾有事における自治体・民間による協力の重要性

―国全体で当事者意識を持ちながら団結し有事へ備えよ―

はじめに

 2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、我々に大きなインパクトを残すとともに国際連合安全保障理事会の常任理事国が侵攻の当事国になった時、安保理は機能不全に陥り、不当な侵攻を止めることが難しくなるという現実を突きつけた。平和愛好国の集合体たる国連で、力による現状変更を試みる国がこれ以上いないことを願いたいところであるが、広い国際社会には中国や北朝鮮など武力を威嚇の道具とする国家が少なくない。特に中国は台湾や南シナ海などを中心に力による現状変更を試みている。今回テーマとする台湾において、中国は様々な面から圧力を強めており、台湾を取り囲む形での軍事演習も行っている。

台湾有事を巡っては、軍事演習の傾向から大規模な戦闘ではなく、海上封鎖による長期戦で行われるという見方が米戦略問題研究所などから出されているが、中国が台湾に対して武力の行使を否定していないことや他国に干渉を受ける前に、短期戦で台湾を占拠すること、すなわち軍事侵攻の可能性も併せて予想されている。そもそも、海上封鎖に至る段階で偶発的な戦闘が起こることも否定できない。いずれにしても、台湾で有事が起こった際、日本は国家安全保障そして経済安全保障の面から大きな損害を被ることになる。

 このように、ひっ迫する安全保障情勢を受けて、日本は2016年より7年の歳月をかけて南西諸島地域における陸上自衛隊の空白地域の解消を果たしたほか、2022年の安保三文書の改訂においては、反撃能力の保持や能動的サイバー防御の導入を明記するなど、防衛態勢の強化にようやく歩を進めだした。しかしながら、日本の防衛態勢は国民保護の観点など隙だらけであり、安保三文書で明記されている内容が絵に描いた餅となる可能性が否定できない。特に、国や自治体、民間部門は有事に関する当事者意識が欠けていると言わざるを得ない。

 本稿では、台湾有事において国家安全保障面で日本が懸念される危機を論じた上で、近年強化された日本の防衛態勢の課題について自治体や民間による協力の視点から論じていく。

1.台湾有事は日本有事

 連日報道されているように中国は、台湾に対する野心をむき出しにしている。そもそも中国にとって台湾の統一は悲願である。特に習近平は、2022年の中国共産党大会において台湾に対し、武力の行使を否定せず、台湾統一を必ず実現しなければならないと語るなど早期の統一に前のめりとなっている。また、中国は第一列島線上に位置する台湾を支配下に置くことで米中対立における重要な軍事拠点として利用することが可能となる。したがって、中国のA2/AD能力の強化に繋がることとなる。こうした「中国にとっての悲願」や「軍事的優勢の確保」などの観点から中国は台湾に対して野心を出していると考えられる。

 他方で、中国による台湾侵攻が起きた時、日本も対岸の火事では済まされない。吉富望の分析によると、中国の台湾侵攻における障害として米軍の来援が考えられ、それを阻止するために中国は自国の戦力を西太平洋に展開する必要があるが、自国と西太平洋の間に位置する日本の南西諸島の影響を受けるとされる。この時、中国が自国戦力の西太平洋への展開のため、沖縄に駐在する米軍など敵の無力化を狙うことが想定される。したがって、南西諸島を中心として日本も中国の攻撃の標的となると言える。すなわち、台湾有事は日本有事になり得るのである。 また、東アジアにおける米中の軍事バランスが近年では中国側に傾いており、第三次台湾海峡危機の際に発揮された米軍の抑止力も期待できない、すなわち中国が台湾へ侵攻するハードルが以前より低くなっていることも憂慮すべき点といえるであろう。

2.現状の日本の備え

 こうした情勢を受けて、日本は安全保障態勢の強化に踏み出した。第一に挙げられるのが、南西諸島における陸上自衛隊の空白地域の解消である。近年まで、南西諸島には陸上自衛隊が駐屯しない地域が多く、日本の防衛態勢の課題として挙げられていた。しかし、2016年に沿岸監視隊が与那国駐屯地へ設置されて以降、空白地域を埋めるように奄美、宮古島、石垣へ警備部隊やミサイル部隊が設置された。これらにより、南西諸島における情報取集・監視能力及び抑止力が一定程度上昇することが期待される。

 次に挙げられるのが、2022年の安保三文書改訂である。先述のように、改定された安保三文書では反撃能力の保持や能動的サイバー防御の導入が明記されるなど、抜本的な防衛力の強化が打ち出された。中でも、能動的サイバー防御については、受け身でしか対処できなかったサイバー攻撃について、それを未然に防ぐ、あるいは被害を最小限にするために攻撃元となるサーバーへ侵入し脅威を排除するというサイバーセキュリティ態勢の大転換として注目に値する。また、武力攻撃に至らない事態においてもその対象とするなど、平時と有事の境界が曖昧になりがちなサイバー領域の難点もカバーするものとなっており、早期の導入が待たれるところである。また、改定された安保三文書で明記されたことを実現する上で防衛関連費の増額も忘れてはならないだろう。

この他にも、日本は輸送能力の強化や海上自衛隊と海上保安庁の連携強化など、防衛能力向上へ着実に進みつつあると言える。しかし、それらが実際に機能するのかという点には大きな疑問を呈せざるを得ない。

 有事において重要となるのは、国だけでなく自治体や民間による協力(連携)である。日本は、国の詰めが甘い部分があることに加え、自治体や民間との連携態勢が不十分となっており、有事に対して総合的な備えができていると言いきれない。次段では、日本の防衛態勢の課題について自治体や民間の協力という観点から論じていく。

3.国が自治体や民間との連携が図れていない日本

 他国から軍事攻撃を受けた時、国だけで対応することは困難である。ウクライナでは、戦闘によって壊されたインフラを民間事業者らが決死の覚悟で復旧させている。このように、他国による侵攻を受けた際は国や自治体、民間の垣根を超え、国を挙げて防衛をしていく必要があるが、日本はみな他人事のようにとらえている節がある。ここからは、それぞれの連携が取れていないことによる課題を一部挙げる。

 まず挙げられるのが、有事における国民(住民)保護である。南西諸島の多くの地域では、国民保護計画において、敵が着上陸侵攻を図った際などに島外への避難を実施するとしている。例えば、石垣市では1日45機の運航により、約10日で島外避難を完了できると試算している。しかし、この計画は、輸送時の安全確保に加え、輸送手段の確保という点から現実的なものであるとは言い難い。戦時の大混乱のさなか、もし空港や湾岸にミサイルが着弾すれば、機体の損傷だけでなく、多くの住民や従事者が犠牲となることが予想されるため、輸送時の安全確保は容易ではないと言える。また、輸送手段の確保については、先述のような人的、物的被害が生じることが確実である業務を民間が受け入れるのかという点に大きな疑問が残る。代替手段として、自衛隊機や船舶での輸送も考えられるが、戦時において自衛隊機は合法的な軍事目標となりうることに加え、そもそもの最優先事項である日本の防衛のためにリソースが割かれるため、自衛隊機を輸送手段の主力として考えること自体が適当ではない。したがって、南西諸島における国民保護計画は検討不足と考えられる。

このように、国民保護の具体策が出てこない要因として峯村健司は、国や自治体の当事者意識の欠如を挙げた上で、政府のリーダーシップ不足を最大の要因としながら、日本の多くの自治体が国民保護について真面目に取り組んでおらず、結果的に実効性のある避難計画の策定や自治体間での協議が進んでいないことを指摘している。この中で、筆者が問題視したいのは、多くの自治体が国民保護を真面目にとらえていないという指摘である。確かに、国民保護に関して、国の果たすべき役割が多いことは事実である。他方で、その地域の実情を細かく国が把握することは難しい。むしろその点は、自治体が知ることの方が圧倒的に多いであろう。また、そもそも、避難方法の提示や誘導は自治体の事務であるという国民保護法の規定がある。こうした点から、自治体が国民保護について真面目に取り組んでいないというのは大きな問題であると言える。また、有事を想定した避難訓練もテロ攻撃を想定するものばかりで戦時下を想定したものは行われていない。これでは、国と自治体そして避難に協力することになる民間企業との連携及び練度をあげていくことは難しいと言える。

次に挙げられるのが、有事における作戦及び計画の行き詰まりが懸念される点である。具体的に言えば、民間空港や港湾の利用、民間事業者の協力が挙げられる。まず、民間空港や港湾の利用から論じる。

他国と戦闘状態に陥ったとき、民間空港や港湾を自衛隊などが使用できれば、装備品の補給や隊員の輸送などが迅速に行うことが可能となるほか、敵の攻撃によるリスクを分散することにも繋がる。特に、南西諸島では、自衛隊の航空機を安全に運用するために必要な3000mの滑走路を持つ飛行場が、現状、航空自衛隊の那覇基地のみとなっているが、宮古島市に所在する下地島空港も3000mの滑走路を保持しているため、自衛隊などが使用できれば作戦遂行の幅を広げることに繋がる。

しかし、こうした民間空港などを利用する際には事前に自治体や関連団体の許可が必要となる。また、民間空港、港湾を自衛隊が利用することになれば、当然、有事の際に軍事目標となる可能性が生じる。こうした点から、自衛隊は平時においても自治体などの許可を得ることができず、訓練すら実施できないというのが現状である。中でも、先述の下地島空港に至っては民間の使用に限るという覚書があるため、自衛隊による使用はハードルが高いというのが現実である。

実際のところ、特定公共施設利用法によって武力攻撃事態においては、自衛隊や米軍の航空機、船舶が優先的に空港や港湾、道路を使用できる枠組みが整備されている。しかし、自治体や関連団体が難色を示せば、煩雑な手続きを踏む必要が生じるため、迅速な対応ができないという懸念は拭えない。

民間事業者の協力という点では、民間事業者の協力なくして作戦の成功なしと言えるほど、彼らは作戦の遂行に重要な役割を担っている。しかし、実際に彼らの協力を得ることができるのかは疑問である。例えば峯村は、有事において、安全性が確保できない、戦争にはかかわらないなどの理由から、ミサイル等で破壊された道路の補修工事を担う事業者が見つからない可能性や港湾で自衛隊の物資や装備品の荷積みを担うはずの職員が退避している可能性を指摘している。この問題の背景には、自衛隊法に基づく業務従事命令に罰則規定がないほか、民間業者の処遇が確立していないことがある。これについては、民間事業者のインフラを守っていくという当事者意識が足りないと言うこともできるが、国が現在に至るまで処遇の確立や有事における民間事業者の重要性に関する説明など、民間が協力に動くことができる環境を整備してこなかった結果であるとも考えられる。したがって、双方の当事者意識の欠如が、こうした懸念を生じさせる要因であると言える。

以上のように、日本では現状、国、自治体、民間それぞれの当事者意識の欠如から、国民保護や民間空港及び湾岸の使用などを中心に連携態勢が整っておらず、強化されつつある日本の防衛態勢が機能しない懸念が生じている。

おわりに―日本はどう動くべきなのか―

 本稿では、台湾有事に日本が巻き込まれうることに触れた上で、日本の備えについて現状と課題を指摘した。日本は、南西諸島における陸上自衛隊の空白地域の解消や安保三文書の改定など防衛態勢の強化に向けて確実に歩を進めているが、国、自治体、民間の連携態勢が整っておらず、それらが絵に描いた餅となる懸念が生じているというのが本稿の結論である。今回指摘した国、自治体、民間の連携態勢の不備は、それぞれの当事者意識の欠如が背景としてあった。では、改善には何が必要となってくるのだろうか。

筆者は、国がリーダーシップを発揮する形で、自治体や民間事業者を巻き込みながら台湾有事に関する複数のシナリオを作成し、それらをもとに定期的な演習を行うことが有効であると考える。有事に関するシナリオを作成するにあたり、それぞれに台湾有事を現実的な問題として考えさせることで当事者意識を芽生えさせることを狙うとともに、定期的な演習を通して、それぞれの信頼関係を構築し、連携の練度を上げていくことが期待できるというのがその理由である。また、自衛隊などによる民間空港、湾岸の利用のハードルを下げることや自衛隊法に基づく業務従事命令について罰則規定をもうけるなど、ハードな形での連携態勢の構築も必要となってくるであろう。ただ、このような連携態勢を自治体や民間に強いるだけでなく、処遇の確立や協力金の提供など、ある種見返りとなるような政策を打つことも必要になってくると筆者は考える。 このほかにも、台湾有事を巡っては自衛隊員の処遇改善など様々な側面から課題が山積している。いずれにしても、台湾有事が起こるまで時間的猶予は残されていないため、一刻も早い政治の決断を求めたい。

橋谷田 洋介

参考文献

朝日新聞【習氏「台湾への武力行使の放棄、決して約束しない」党大会会場は拍手】2022年10月16日、 https://www.asahi.com/articles/ASQBJ4723QBJUHBI01B.html

琉球新報「石垣では全員避難に10日、宮古は航空機381機必要 市が国民保護計画で試算」2022年6月20日、

https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1536000.html

NHK「WEB 特集 台湾危機は2027年までに起きるのか?」 2022年1月18日、

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220118/k10013434791000.html

Wedge Online「日米豪比の連携で対中国抑止の「空白」を埋めよ」2023年5月1 日、https://wedge.ismedia.jp/articles/-/30137

河上康博「人民解放軍による台湾の航空・海上封鎖作戦分析―軍事演習等から見えてくるもの―」2023年4月26日、

https://www.spf.org/japan-us-taiwan-research/article/kawakami_01.html

峯村健司「台湾有事シミュレーション 第一回 戸惑う政権と国民保護」『Voice』2023(9)、pp.162-172。

峯村健司「台湾有事シミュレーション 第二回 諸施設の利用と民間企業の協力」『Voice』2023(10)、pp.166-174。

峯村健司「台湾有事シミュレーション 第三回 脆弱なインフラと自衛隊の課題」『Voice』2023(11)、pp.182-190。

この記事は役に立ちましたか?

参考になりましたら、下のボタンで教えてください。

コメント

この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

新着記事
会員限定
おすすめ
PAGE TOP
ログイン 会員登録
会員登録